2013年10月21日月曜日

映画「そして、父になる」

先日、夫と「そして、父になる」を観てきました。
えー、文中、力一杯ネタバレしてるので、まだ観てない人は読まないでね!

いろいろと思うところあり、でも、泣くとかではなかったかな。
全体的に、淡々としたトーンだったのもあるかも。
個人的には、リリーフランキーと真木よう子夫妻がツボ(≧∇≦)
(リリーフランキーって好みなんです!)

あと、ポーカフェイスながらも、自分を変えようとする福山にけっこう共感。
というのも、私は、子ども大好き!夢中になって一緒に遊んじゃう!タイプではなく、
子ども産む前も、動物も育てたことないのに、いきなり人間育てて大丈夫かな、
と本気で心配してたくらいで(笑)

もし自分が男だったら、いくらでも仕事に逃げてたんじゃないかと思う。

リリーフランキーのような父親、子どもには嬉しいだろうな、と、
複雑な気持ちを抱える気持ちが分かるなーって感じた。
で、なんか。。福山、尾野(が演じている)一家に違和感があるんだよなー、
とずっと思ってて。
そんな折、このツイートを見て、あっ!と思いました。

@kanako819: 【吉10月2W⑬】シェアリング:マコ先生「映画『そして父になる』を観てすごい違和感あったのは、主人公の妻が自分の希望を主張せず、裁判任せにしてしまうところ。産後6年間…自分の気持ちを麻痺させて生きていると、自分の本心にも気づけなくなる。それは実は、産後のこの時期から始まっている」
*なかいくん先生のツイートより引用させてもらいました

そう、妻が、公共の場で一度も、自分がどうしたい!って言わないまま、裁判の結果が出てから『あなたに任せれば大丈夫って言ったじゃない!と、夫に怒りをぶつけるシーンに違和感を感じたんだった。

あと、子どもが、ある日突然、知らない人の家で過ごさないといけない、しかも、その家のおじさんをパパと呼べという理不尽な事言われ、「強くなるためのミッションなんだ!」とか言われて、「うん、分かった。」と、いい子に!?頷くところにも激しく違和感。
んー、ずっと いい子、である事を求められ続けると、自分の頭で考える、感情を出すって事ができにくくなるのかな、と。

リリーフランキー、眞木ようこ演じる夫妻の子どもが、
同じこと言われて、
「なんで?パパとママじゃないやん。」と返答。
「何でも、だ。」という返しに、
「何でも、の、何で、が分からん!」
と繰り返す(そりゃそうだよねー!)のと対象的に描かれていて、印象に残った。

で、そんな反抗していた子どもですら、徐々に日常に馴染んでいこうとし、
お父さん、お母さんと呼ぶ。
やっぱり、子どもには一緒に暮らす大人が必要で、その大人を好きになりたいと思う、
その様子に痛々しさすら感じたけど、子ども自身に今を楽しむ力がある事も事実。

子どもが、いろんな大人と触れ合う機会ってやっぱり大切だなー。。
などなど、振り返って言葉にしてみると、いろいろ感じた事を再確認できるのも楽しい、そんな映画観賞でした!

ちなみに夫は、福山の葛藤、変化しようとする様子、自分ならどうするか。。など考えさせられるところが面白かった、と言ってました。


2013年10月12日土曜日

自己肯定感7~僕もあなたも大して変わりはしない~



金木犀の香りを嗅ぐと、秋だなーって嬉しくなりますね。
とはいえ、今週末は夏のような暑さ!
10月だというのに、毎日半袖で出勤している私。
気候が変わってきてしまっているなぁ・・・と感じています。
 
さてさて、予告通りの週2更新ができて満足している私(笑)
 
自己肯定感が高いってどういう状態か、についていろいろ考察してきた
この連載ブログですが、今回をもって最終回とします。
最終回にふさわしく、自己肯定感高い界のまさに王様、
YO-KING(真心ブラザーズ)の、自己肯定感高い歌をご紹介します!

 
「拝啓、ジョンレノン」
真心ブラザーズの名曲です。
かっこいーーーー!!!
 
特に好きなのがここの歌詞。
「拝啓、ジョンレノン
僕もあなたも大して変わりはしない
そんな気持ちであなたを見ていたい
どんな人でも僕と大差はないのさ
 
拝啓、ジョンレノン
そんな気持ちで世界を見ていたい
雨も雲も太陽も時間も目一杯感じながら僕は進む」
 
まさに、これこそが、自己肯定感高い状態だと思うのです。
この歌を紹介したいがために、今までの6回分を書いてきたといっても過言ではありません(笑)
 
あの天下のジョンレノンに向かって、
「自分と大差はない」と言い切るこの無敵な感じ、いいよねー!
 
でも、本当にそうだと思います。
だって同じ人間じゃん。(でかい括り!)
 
自分が一番すごいと思っていた小さいころから、
実はそうでもないと感じる思春期を過ぎ、
大人になると、いつのまにか、
”すごい人”と距離を置いてしまう。自分はそうはなれないと思ってしまう。
”立場が上の人”にへりくだり、自分は物事を動かせないと思ってしまう。
または、立場に左右されてしまう。
 
そういうのって、つまんないよなーって思うんです。
 
まずは、物事を、世の中を、ニュートラルに見ていきたい。
その中で自分が何を感じ、何を考え、どう行動にうつしていくかを決めていきたい。
その根底にあるのは自己肯定感の高さで、それはどのように育まれていくものかは、
結局のところ、
”今の自分”に、自分でOKを出していく!
そこからしか始まらないような気がします。

2013年10月6日日曜日

自己肯定感6~子どもの自己肯定感~

最近、とある連載ブログを毎日心待ちにしています!
で、思ったのが、やっぱり連載ブログって、ほぼ日刊なのがワクワク感を掻き立てられるなー!と。
この連載ブログも、ほぼ日刊・・を目指して、週に2回くらいは更新したいな!
と、勝手に〆切に追われる作家気分で(笑)書いていきたいと思います!
(こういう自作自演が大好きなのも、自己肯定感が高いからかな!(笑))

さてさて。
今回は、子どもの自己肯定感について。

子ども(特に3~4歳児かな?)って、自己肯定感高いですよねー!
自分大好きだし、新しい事ができるようになったら自慢したいし、
友達がやっている事は自分もできると思っているし、
”負ける”とか、ありえないと思ってる。
(だから、勝負事で負けた時の荒れっぷりといったら・・・)

それはおそらく、子ども達には”絶対評価”という基準しかないからかな、と思います。
それが、何歳頃からかは分からないけれど、
”相対評価”という基準を知り始めた頃から、
自分と誰かを比較することを覚えた頃から、徐々に自己肯定感は下がっていくのかな、と。
そして思春期を迎え、自己肯定感は乱高下を繰り返し、
段々と安定していくようになるのかなーとイメージしています。

最近は、
「自己肯定感を高める子育て」というのがブーム?のようで。

ググってみたところ、こんな説明が出てきました。
”自己肯定感とは、「自分は大切な存在だ」「自分はかけがえのない存在だ」と思える心の状態。
幼少期の生活・教育環境によって大きく左右されると考えられており、
教育上の重要な要素だと考えられている”
(出典:はてなキーワード)

幼少期に、”ありのままの自分”を受け止めてもらったかどうかが、
自己肯定感の高さに影響してくるらしいです。

なるほど。
それは確かに大切な事のように思います。
でも、親が子どもに与える影響って、絶大なところもあるかもしれないけど、
それが全てかと言われると、そうでもないんじゃないかなーって思います。
例えば、自己肯定感が高い私が育てた子どもが、
必ずしも自己肯定感が高い大人に育つかと言うと、そうじゃない可能性もある。
子どもには1人1人個性があるし、どんなことも合う・合わないがあるので。

親が子どもにできる事って、物理的に生きていく環境を用意する事以外には、
実はそんなに無いんじゃないのかなーって思います。
いや、いろいろあるんだろうけど、それぐらい身軽な気持ちで丁度いいんじゃないかな、と。

で、何でもかんでも親(含め人)のせいにしない、っていうのが自立で、
その自立を促すためには、
親が自分の人生を楽しみながら精一杯生きている姿を見せるのが一番なのでは、と思うのです。

親(特に母親)になった途端、
「子どもの成長が自分の生きがい!」というのが良し、とされる風潮になりますが、
実はそれは、”自己肯定感を高める子育て”と真逆の行為ではないのかなー。
自分の身を削ってまで子どもに愛を注ぐ!とか、美談になりやすいけど
もちろん時と場合によってそれも必要だけど、
身近な大人が、自分で自分を楽しませながら、自分を大切にして生きている姿を
見せる事の方がずっと大事だと、私は思います。

さて、次回は、自己肯定感高い界(どんな界だ!)の王様、YO-KING(真心ブラザーズ)
の、自己肯定感高い歌について!

(おまけ)
4歳児、運動会のお土産でもらったパカポコ(正式名称分からん)を
すぐに乗りこなし、
「すぐにできちゃった!!理久って・・・すごーい!!」
と、自分にうっとり(笑)
思わず笑っちゃうくらいの自己肯定感の高さ!
何歳までこんな発言が聞けるかなー。

2013年9月10日火曜日

自己肯定感5~障害や壁にぶつかった時は?~

いやはや、夏休みを楽しんだり、イベント続きだったり、
子ども達の病気対応に追われたりしているうちに秋になってきました。
えー、忘れた頃に連載の続きです(笑)

前回、「読者からのお便り募集中!」と書いたのですが、
残念ながら読者からのお便りは無かったので(笑)、
ずーっと前にマドレ事務局ちいさんから頂いていた質問にお答えしようと思います!
(ちいさん、お待たせー!(^^)覚えてるかな!?)

質問
「大きな障害や壁にぶつかった時はどうやって乗り越えますか?」

”大きな障害や壁”と聞いた時、すぐに思い出すのは、5年前かなー・・
仕事で大きな失敗をして、会社に迷惑をかけた時のこと。
大抵のことではあまり落ち込まない私ですが、さすがに深く反省し、
1週間くらい落ち込んでいました。
なにしろ、自分でもびっくりするくらい初歩的なそして致命的なミスで、
一体どうしてそんな事しちゃったんだろう・・と、自分が信用できなくなったからです。

「自分で自分の事が信用できなくなる」
逆に言うと、当時の私は、今よりもっと自分を過信していたという事だと思います。
若気の至りだと思いますが(笑)、自分に自信があったし、
できると思っていた(何がだ、という感じですが・・)。
もっと自分を良くしたい、成長していける、
こんなもんじゃない、と思っていました。

でも、この失敗で(そしてこの時期、いろんな失敗が続いた気が・・)
鼻がへし折られたというか、
あー・・・・自分って、こんなもんかー、こういう悪いところがあるな、と、
いい意味で肩の力が抜けた気がします。

そう考えると、自己肯定感が高い=自分に自信がある、という事ではないんですよね。
むしろ、自分はこんなもんだよねー、と認めているのかな。

大体こういうミスをするから、人にお願いして確認してもらおう、とか
忘れ物が多いから、忘れちゃいけないものはバッグにあらかじめ入れておこう、とか
しっかりしてる人に渡しておこう、とか。

自分を成長させる事、変化させる事で何とかしよう!
もっともっと頑張らないと!と思うことではなく、
障害や壁にぶつかった原因は何なのか、それを客観的に見て、
自分という人間を観察し、人や物に頼り、対策を考える。

障害や壁にぶつかった時は、当然落ち込むわけですが、
それはそれとして、ちょっと一息ついたら、
さてさてこの対策は・・・と考えるようにすると、気持ちも浮上してくる気がしています。

そして、今でもよく覚えているのですが、5年前に1週間の落ち込みから回復した時のこと。

毎日、トボトボと下を向いて歩いていたのですが、
あんまり夜空が眩しいので、ふと上を見上げると、その日は満月。
とても綺麗な月を見て、
「あー・・・美味しそうな月。ホットケーキ食べたい・・・」
と思い、そんな事を思った自分になんだか笑ってしまい、あ!!回復した!と。

障害や壁にぶつかった時には、空を見上げたり、緑や花を見たり、
そこにある自然に意識を向けるといいです。
「綺麗だなー」とか「いい匂いだなー」とか
勝手に湧き出てくる気持ちが、”障害”や”壁”や”落ち込み”に集中するのを
防いでくれる、そんな気がします。

↓そんなわけで、自然の写真!秋の始まりの美しい空、夕方です。
(なんか写真でかいけど・・どうやって小さくするんだろーう)


さてさて、地味にまだまだ続いていきます!
次回は第六回、子どもの自己肯定感、について。

2013年8月13日火曜日

二度目の産後、1年

昨日は、産後1周年記念日でした!
(昨日中にアップしようと思っていたのだけど、寝落ちしてしまったー)

想次も、小さく産まれたり、二回入院したり、なかなか食べなかったり、
ハラハラする事が多かったけど、小さいながらもたくさん食べるようになり、
元気に過ごしていてホッとしています。
 

↑バナナに夢中な今朝のショット

一年前の事を思い返すと、すごく幸せな気持ちになります。
出産の神秘に、ではなく(出産はあっと言う間だった)、
産後、産褥期を家族や友人に助けてもらい、
その助けによって、私たち家族が新しい『家族の形』を作っていく姿に
立ち会ってもらっていた、支えてもらっていたな、と思い返すので。

「産褥ヘルプ」と呼んでいるのですが、

「家族水いらずで過ごしてね~、落ち着いたら遊びに行くね!」となりがちな
産褥期(産後1ヶ月間、産婦が体を休めなくてはいけない時期)に、
ケーキではなく体に優しいご飯を持っていったり、
「赤ちゃんかわいいねー!」だけではなく、赤ちゃんの沐浴をしたり
ご飯作ったり洗濯物畳んだり、上の子がいれば上の子と遊んだり、
産婦とお喋りしたり、その”ヘルプ”を≪お祝い≫としてプレゼントする、という文化です。

一言では説明しきれないので、詳しくは、「産褥記2」を読んで頂ければ!
こちらのブログ(byもこちゃん)にも、かなり詳しく載っています♪

自分では出かけられない時期に、お祝いに会いに来てくれる。
外の風(とかご飯とか上の子の遊び相手とか(^o^))も一緒に。
ほんとに、最高の出産祝いだなぁって、私は感じました。

一人目の産後は、実家に里帰りして、それはそれで幸せに過ごしました。
慣れた場所だし、何の遠慮もいらないし、楽だし、親も喜んでいたし。

でも二人目は、いろんな人に助けてもらいながらも、
私と夫が中心となって、妊娠中に産後の手配をあれこれしたり、
話し合ったり、グーグルドキュメントでスケジュールを作ったり(といっても
2週間出産が早まって、作り直しだったけど・・(^^;)、上の子のケアをしたり。
共に産後を乗り切ったことで、ぐっと連帯感が強まったなぁ、と感じました。

あの産褥期があったから、想次の2回の入院も、当たり前に2人で対応できたのかも。

こういう話をすると、
「パートナーに理解があって(しかも具体的に動けて)いいね」
「友達がいていいね」
など、「あなたは恵まれている・・、でも私はそうじゃない」
という論調になりがちなんですが、
本当にそうかなあ?って思うんです。

私が恵まれている事は否定しないんですが(笑)、
少なくとも私は、自分の身体の快適さは貪欲に追及したいと思っているし、
そのためにできる事はなんでもしようと思っているし、
簡単にあきらめたくないなーって思っています。

1人じゃ妊娠できない。
これ、当たり前ですよね。
じゃあ、当然、子育てだって1人じゃできないし、
共に妊娠に向けてのアレコレをしたパートナーと、
一緒になって家族を作り上げていきたい。
でも、2人だけでなんとかしようとするんじゃなくて、
いろんな人の手を借りながら。
ってことを、”理想”として語ったり押しつけたりするんじゃなくて、
それを目指しながらすったもんだやっていきたいですよねー。
 
この産褥ヘルプ、経験すると、やたら還元したくなるし、広めたくなります!
 
でも、産褥ヘルプいいね!から、やろう!までには、
いくつかの壁というか扉というか、は、あるなー、と。
それを、扉と感じてほしいな、って思います。
壁は、登るか壊すかしか無いけど、扉はいろんな開け方があるから。
 
 
1年前の写真。
みんなー!ありがとうございましたーーー!!

ちなみに・・
出産祝いをもらったら、「内祝い」を贈りますよね。
私は、この産褥ヘルプの「内祝い」として、
マドレ基金に寄付しました。
そして、来てくれたみんなに、マドレ本(全部持ってそうな人には、
オススメ本)をプレゼント!
これ、我ながら粋だなーーー!!(自画自賛・笑)と思ったので、
これから産褥ヘルプを受ける人にオススメいたします!

2013年8月8日木曜日

自己肯定感4〜書を捨てよ、町へ出よう!〜

そんなこんなで、思春期真っ只中、変身願望を常に抱えながらも、家で本を読む事しかしていなかった私でしたが、高校の英語の先生(バックパッカーで、世界中を旅していた話をよく聞かせてくれた)の影響で、旅人や海外に興味を抱くようになり、高校2年の時、高校で主催していた、オーストラリアでの2週間のホームステイに行く事に。

家を出る事すらあまりなかったのに、2週間も海外へ!!
しかもホームステイ!
これはもう、帰ってきた頃は、英語ペラペラ、ネクラ返上、憧れのキラキラ女子(笑)に変身しているに違いない!
と、前日の日記に、
「さよなら、今までの私。」とか書いちゃうくらい盛り上がってました。

で、オーストラリアでの2週間。
楽しい事も、もちろんたくさんあったのですが、今思い出せるのは、ワラビーがダラダラしてた事とか、学校訪問で話した子はおとなしめな子で、オーストラリア人にもネクラな子(決めつけ(^^;;)はいるんだな、とか、砂糖工場の匂いとか。割とどうでもいい事ばかりなのは何故だろう。。
旅って、そういうところが面白いですね。

で、帰りの飛行機の中。
私は、すごい事実に気付きました。

「私。。変わってない!!!!」

機内の音楽プログラムでは、日本のヒット曲のチャンネルがあり、大好きなフミヤの「Another Orion」が流れていて、嬉しかった事と併せて、この時の気持ちを、すごくよく覚えています。

がっかり、とかじゃなくて、なーんだ!と、気が抜けた気持ち。
すごい事にチャレンジしたのに、全然変わってない。
自分がまるごと変わるなんて、そんな事はないんだなー、と。

今思えば、この時初めて、「自分を丸ごと引き受ける」事をした気がします。
そして、この時から、少しずつ、自己肯定感も高くなっていった気がします。
一足飛びではなく、積み重ねるように。

本を読んだりTVを見たり話を聞いたりするのとは違う、行動する事で気持ちが動く、という事も、この時に身を以て学んだ事。

この、帰りの飛行機での気付きから17年。
いろいろな人との出会いもあり、出来事もあり、今の自分が形成されているのですが、振り返ると、この気付きが一番大きかったな、と、ブログを書きながら思い返しています。

さてさて、この連載、まだ続きます!
次回は、読者からのお便りにお答えします。
こんなこと聞きたい!というご要望ありましたらぜひ(^o^)


2013年8月2日金曜日

自己肯定感3 思春期という闇

「人からどう見られているか、がそんなに気にならない。人の目から見た自分も、自分が思う自分も、両方自分。“自分らしさ”をコントロールしようと思っていない」という事も、自己肯定感が高い理由の一つだと思っていますが、そんな私が、人目ばかり気になる時代がありました。

それは、思春期!!!

もともと、父と一緒になって「ボロは着てても心は錦!」とか言ってたくらいなんで、オシャレとかには全く興味が無く、ダイエーで買ったNIKEのニセモノ、NICEのセーターとか、Goalway(カジュアルな服を倉庫みたいな所で売ってる店)で買った、なんかヘナッとしたカジュアル服を平気で着ていた私。(ある意味すごいセンス)
周りが徐々に色付き始めた頃から、自分のダサさを気にし始め、自意識過剰になっていきました。

平日は制服があるからいいけど、休日は何を着ていいか分からず、周りに笑われている気がして、同級生に会いたくない。
自分の顔も嫌だし、こんなに気にする性格も嫌だし、反抗期だから親とも話したくないし。
大好きな本や漫画を読んでいる間はすごく楽しいけれど、本や漫画の主人公みたいに、何かドラマが起きるわけでもない。
漫画だったら、眼鏡を外した途端に可愛くなったりするけど、私は眼鏡もしてないし。(そこか!?と、自分ツッコミ)
変わりたいけど変われない。
夏休みが終わったら、ステキ女子に変身しているはずだったのに、残った宿題を慌てて仕上げてるのは、全く変わっていない冴えない私。 

てな感じで、今でこそ、
「何の行動もしてないんだから変わりようがないじゃん!」とツッコミを入れられるのですが、当時は何しろ10代。
時間だけはたっぷりあるので、好き放題(笑)悶々として、同じように悶々としている友人と語ったり、ラジオを聞いて投稿したり、悶々とした10代が主人公の小説やエッセイ(林真理子の「葡萄が目に染みる」、大槻ケンヂの「グミ•チョコレート•パイン」など)に共感しまくったり。
思いの丈をノートに書き連ねたり。そこに写真や絵を貼り付けて、銀色夏生風にしたり、などしていました。

いろいろな本や漫画を読んだけど、本当は私自身が主人公になりたかった。
これからどこに向かい、何をするべきかを知りたかった。
どうしたら、理想とする姿になれるのかを知りたかった。
そもそも、理想とする姿すら思い浮かばなかった。
今の自分はその姿ではなく、一足飛びに“変身”したい、といつも思っていたし、何かのきっかけで、“変身”できるんだ、と思っていた。そのきっかけを、いつも待っていた。

そのきっかけは、自分が作るものだなんて、思いも寄らなかった10 代の私。
自意識過剰で、繊細で、それでいて貪欲に「何か」を求めている、それはおそらく思春期特有のもので、それを味わいつくした、とも言えるのかもしれません。

さて、次回は、そこから今に繋がるきっかけについて!
「書を捨てよ、町に出よう」