2015年1月12日月曜日

少女漫画の呪縛とパートナーシップ②

さてさて、2014年の個人的なパートナーシップへの気付きを書くシリーズ第二回です。

先日、こんな事がありました。

保育園にて、次男の左目が腫れていて痒そうにしていたとの事。
「明日、目医者に行って、登園許可をもらってから保育園に来て下さい」と言われ。
さてさて、私か夫、どっちが連れて行くか、という場面。

私「そんなわけで、明日の朝、目医者に連れて行かないといけないんだけど、どうしようか?
休める?」
夫「は?無理だよ」
(不機嫌そうに言った、と私は感じた)
 
(私の脳内ボイス:
『カッチーン!何当たり前みたいに無理、とか不機嫌そうに言っちゃってんの?
どっちかが連れて行くんだから、あんたが無理ならこっちが休み取って
連れて行く事になるでしょうが。そこに対する遠慮は無いのかよ、コラ!』)
↓
私の脳内から即座に変換された言葉
「なんで怒った口調で「無理」とか言うの?夫が行けないなら私が仕事調整して行く事になるよね?それなのに、そんな風に当たり前みたいに不機嫌に言わないでほしいな」
夫「そんな不機嫌に言ったつもりなかったけど、ゴメン」
私「あ、うん」
(私の脳内ボイス『あ、なんだ・・、そんなつもりなかったんだ。
あっぶねー、危うく不用意にお互い気分悪くなるところだったぜ・・・』)

このやり取りをした後、
あ、コミュニケーション不調期から脱却してきたじゃん!
という気付きがありました。

言いたい事を我慢するでもなく、
不用意に思っている事をダダ漏れにするでもなく、
伝えたい気持ちをすぐに伝えられた!と。

この、”伝えたい気持ちをすぐに伝える”っていうことの繰り返し、
お互いの”今の気持ちや感じていること、考えていること”を
伝え合い続けることが、パートナーシップを育んでいく上ですごく大切なんだな、と。
喜怒哀楽も、どうでもいいような些細なことも。
その時に、「どう伝えるか」「どう伝えたいか」というのを、
日々模索していく。
誰かと一緒に過ごしていくって、そういう事なんだなー、
いい時も悪い時も、冷凍保存はできなくて、
日々関係性を更新していくものなんだなー・・という事を、
結婚8年目にしてようやく気付いたのでした。

というのは、
昨年の秋くらいに、”コミュニケーション不調期”があったのです。
今となっては詳しく思い出せないのだけど、
なんとなく夫婦間がギスギスした雰囲気で、
それは子ども達の体調不良対応で夫婦ともに疲れ切っていたのかもしれないし、
私が毎晩寝落ちしていて、夫婦の会話があまりなかったせいかもしれないし、
子ども達の甘えたい!に2人がアップアップしていたからかもしれないし、
私の担当の家事がひどい有様だったからかもしれないし、
そういうのが全部合わさったからかもしれない。
何となく私が夫に恐縮する事が多く、
”あ、これ言ってもいいのかな・・”とか思って黙っているうちに、
何から伝えればいいのか分からなくなってしまった。

♪何から伝えればいいのか
分からないまま時は流れて
浮かんでは 消えていく
ありふれた 言葉だけ♪

これも同世代ならすぐに浮かぶと思いますが、
小田和正の「ラブストーリーは突然に」の歌詞が頭を横切り、
そう、そうなんだよ、今まさにそんな感じなんだよ!
というかそれですごい居心地悪くて困ってて、
どうすればいいの!?教えて小田和正さん!!!
と思い、その先のストーリーを求めてGoogleで歌詞検索するも、

♪君があんまり すてきだから
ただ素直に好き、と言えないで
多分もうすぐ 雨も止んで 二人 たそがれ♪
と続く歌詞に、
・・・・・いや、「好き」とは言ってる、素直に!!!
そしてそれは2人の関係性を劇的に改善される何かではもうないんだよ!
参考にならねーーーーー!
と1人叫び、
あ、そうか。
そうなんだ、そういうことか。
「好き」って闇雲に伝えるだけじゃ、ダメなんだ。
だってそれは私の気持ちを言っているだけであって、
それはコミュニケーションではないんだ。
って事に気付き、これを受け入れるのに、なにしろ少女漫画脳なもんで、
けっこう時間かかりましたねー・・。

さて、今日はこのへんで。
次回は、「嫌われる勇気、が自分にあった事を思い出した36になった冬」です。

↓本文と関係ないですが、秋の紅葉の写真。


 

2015年1月4日日曜日

少女漫画の呪縛とパートナーシップ①

明けましておめでとうございます。
今年も細々と、このブログを綴っていきたいと思います。
その時々の発見や感動、感情を残していきたいなーと。
ほんとすぐに忘れちゃうもんで・・。

さてさて、以前から一部の人には予告していた内容、
2014年にえっそうなの!!と思った事を書いておきたいと思います。

話は私が小学校3年生だった頃に遡ります。
当時、1980年代は少女漫画全盛期といっても過言では無いくらい、
少女漫画バカ売れ時代でした。
特に一世を風靡していたのは「りぼん」
250万乙女のバイブルと言われており、私もその一人。
いつも「250万人も買う人がいるなら売り切れちゃうかも!」
と、小遣いを握りしめて発売日には本屋に走っていました。
「星の瞳のシルエット」「ときめきトゥナイト」「ちびまる子ちゃん」
「お父さんは心配症」「ハンサムな彼女」
今こうしてタイトルを書き連ねるだけでも胸が熱くなり、りぼんの思い出だけで
何時間も語れるのですが、それは置いておくとして。

「りぼん」から始まり、友達とコミックスを貸し借りしたり、
いろんな少女漫画を浴びるように読んでいた少女時代~高校時代。
(今でも大好きでよく読みますけどねー。最近は「KISS」の発売日25日が
大きな楽しみの一つです。)

そんな少女漫画の王道パターンは、
・バッタリ運命の人に出会う
(図書館で同じ本をふと手にとって「あ・・!」というのに一番憧れていた)
↓
告白される、またはする
それまでに悶々と悩んだりちょっとしたトラブルがあったりする
↓
両想いに・・・!
ちょっと喧嘩したり事件があったりしても、
「でも、好き・・!」って事をお互いに確認しあい、それでまた幸せに

ってやつだと思うんです。

この刷り込みに!
35歳になっても、まだとらわれ続けていたんだ・・!
という事に気付いた2014年でした。
割と本気で、
「好き!」って言ったら解決できると思ってた・・・・。
夫に新年早々そう話したら、
「問題解決になってないじゃん」とあっさり。
いや、そうだよね。
そうなんだけど、他の場面で考えると全くもってその通りなんだけど、
”好きって言ったら全部解決!”みたいな事が、
両想いの男女の聖域としてある、と私は思っていたのかもしれない・・。

散々マドレで「パートナーシップ」について語り、
健全なパートナーシップとはどういうものか、
その重要性について、そしてそれは茨の道だけどあきらめない事が唯一の解決策だ、
という事を幾度となく聞いていたのですが。
自分で言葉にもしていたつもりだったのですが、
いやーーー頭で理解していても、
私の中の少女漫画脳が分かってなかったし、体現できていなかったなー、と。
別に悪い事じゃない。
でも、少女漫画脳のままでは、健全な、対等なパートナーシップを築くのに、
自分が苦しくなってしまう。
少女漫画脳からのアプローチと、
パートナーシップを築くアプローチは、全く正反対な物だと思うので。

最近、「母の友」の連載、「2月の母たちへ」の一節
”呪縛というのは、自分がそこから解き放たれて初めて気づくものである。
呪縛されている間は、自分が呪縛されていることには気づかない。
他の選択肢があり得るということを知らない限り、そのやり方を疑ってみることはない”
というのを読み、
まさに!!と膝を打ちました。  

そんなわけで、呪縛がほんの少し解けた今、
改めてその呪縛とパートナーシップについて考え、
言葉にしていきたいと思います。

ご興味ある方、お付き合いくださいませー。

次回は、「小田和正の歌詞に答えを探そうとした35の秋」です。
お楽しみに!

*写真は、本文と全く関係ありませんが2015年初日の出です
 

2014年10月7日火曜日

手放さない

台風一過の夕方、会社の外に出たら、空が澄み切っていて美しく、
月はピカピカに光っていて、夕焼け色の雲がたなびいていて、
いつも通り自転車をかっ飛ばしながらも、
すごく気持ちがリフレッシュされるのを感じました。
 
あー、やっと気持ちが落ち着いてきたな、と。
感受性が戻ってきたなー、と。
理久の突然の入院と喘息宣言から2週間。退院から1週間。
ずっと緊張状態だったんだなーと実感。

2週間前を振り返って、記録しておきたいと思う。

2週間前の今の時間は、今振り返れば救急車を呼ぶべき、または
もう一度救急に行くべきタイミングだったかな、と感じる。
朝は咳などしていなかったのに、夜保育園に迎えに行った時には咳をしていた。
夜中ずっと咳が止まらず、夜中に一度救急へ。
その時はまだ比較的元気で、咳をしながらも
「ここ、想次が来た病院だね。」と話をしていたし、
吸入を待つ間、特急ジャー特集を読む余裕もあった。

「この症状は喘息ですね。今まで治療はしていないですか?」
と聞かれ、とても驚いた。
想次は喘息だと診断され、毎晩薬を飲んでいるけど、
理久はそういう診断はされたことなかったし、丈夫だと思っていたから。
2回吸入して、診察。
大丈夫だろう、という事で帰宅。

でもこの後、咳込んで吐いたり、
「苦しい」と言ったり、悪化していたので、もう一度救急に行くか、
でも連れて行く事で余計に疲れさせてしまうかも、さっき帰されたし・・
と悩んでいるうちに時間経過、
救急車を呼んだ方がいいのか、それともあと1時間待った方がいいのか
(この時点で8時くらい)
と悩んでさいたま市医療相談に電話。
(この時、楽観視する夫と喧嘩。
「医療相談に電話してみたら」と言われ、
「たまには自分で電話してよ!何でいつも私が電話して判断する係なの!」と。)
 
「加湿したり、お風呂場でシャワーを出したりして様子を見て下さい。
唇の色が紫だったりしたらすぐに救急車を呼んで下さい。」
という事だったので、抱っこしてお風呂場に行ったりしていたけど、
「苦しい!」と叫んでいたので、今思えばどうしてあの時救急車をすぐに
呼ばなかったんだろうか、私の直感は”救急車を呼んだ方がいい!”と言っていたのに。
そうすれば、もっと早く理久の呼吸が楽になって、苦しい時間が少なくて済んだし、
1週間も入院しなくてよかったかもしれない。
これからは、もっと直感を信じようと思う。
その直感を磨くべく、”こういう場合はこう”という知識も必要だな、と。
字面では何度も読んだりしたんだけど・・・結びついていなかったな。
 
不安と恐怖で、自分以外の誰かに判断を委ねたくて仕方なかったのだと思う。
目の前の子どもの命が、自分の判断にかかっている、という状態が、
怖くてたまらなかった。
「だって、喘息だなんて今まで誰も言わなかったじゃん」
「そんな急に心の準備できないよ!」
と思ったり。

長い長い1時間が終わり、ようやく9時が近付いたので休日診療へ。
想次は夫と留守番。
ここでも2回吸入、でも酸素の値があまり上がらず、紹介されて
市民医療センターへ。
点滴したり、吸入したりして、酸素の値は少し上がったものの、
”ぎりぎり帰れる値ではあるけれど、入院治療した方がいい”という診断。
とても帰れる様子じゃないな、と判断して、入院する事に。
想次の2回の入院は、まだ小さかった事もあって24時間付き添い、を選んだけど、
今回は病院が遠い事もあって、付き添いではなく面会を選ぶ。

入院の説明を受ける部屋に、退院してからの手紙など飾られていて、
そこにこんな詩があった。おそらく小学生の作品。









”楽しい所”と言い切るだなんて、すごいな・・・、と思うと同時に、
理久や想次も、こんな風に病院とは長い付き合いになるのかな、とも。

今回の、理久5歳にして、喘息発症、しかもかなり高いアレルギー値、
入院、という事態に、想次の時には感じなかった”がっくり感”を感じてしまい。
これまで、何があってもそんな風には考えた事がなかったのに、
「あー、もう、子ども達が毎日健やかに暮らせる事だけを考えて、全部あきらめて
そのサポートに徹した方がいいのかな」
「あれがいけなかったのかも、これもいけなかったのかも。
そもそも私が母親だってことがいけなかったのかも。」
なんていう思考がぐるぐるぐるぐる。

でも、自分が今正気じゃないという事は理解していて、それが救いだった。
翌日のTwitterにこう書いた。
「寝て起きたらいいアイデアが浮かんだ、ってことは無いのだけれど、一つ言えるのは、手放す事は解決策では無いということ。日常は続いていくし、これからもこういう日常なのだ、という覚悟が必要で、だからといって何もかも手放す必要は無いし、むしろ細々とでも手放さない気持ちが必要。」

手放さない、と決めれば、アイデアが湧く。そのアイデア、時に妄想が、辛い時に自分を助けてくれる事もある。

夫、双方の両親、双方の会社、友人、いろんな協力があって、無事に入院期間を終え、退院!
ほっとすると同時に、いつまたこうなるか分からない、という緊張感が漂う日常に。

「細々とでも手放さない」ために、どんな取り組みができるのか、色々試している最中の今日この頃です。

2014年8月22日金曜日

あの頃の未来に僕らは立っているのかなぁ~産後、5年~

先日、長男が5歳の誕生日を迎えました。
祝、産後5年!!(と、真っ先に自分を祝う私)
 
マドレマニアとして(笑)、楽しみにしていた自分企画。
それは、5年前に参加した産後クラス最終回で語った”5年後の私”と現在を比べてみること!
 
ジャジャーン!
こちらが、5年前に語った(正確には2015年1月だから4年5ヶ月前だけど)
”5年後の私”だー!
 
 
当時の私が思い描いていた5年後の自分は、
子どもが2人いて、4人家族になっている。
アウトドアの遊びを楽しんでいる(キャンプ、自然の中で遊ぶ、自転車など)
4人での食事の時間を楽しんでいる。
両親が健康なうちに、親孝行旅行をしている。
ハワイに旅行に行ったり、写真をたくさん撮ったり整理したり、思い出づくりをしている。
会社では中堅になっているので、後輩を指導して今までの恩を返したい。

あ、キーワードしか書いてないので想像ですけど、
多分こんな事を話したんじゃないかなー。
 
それって、今の自分の姿だわ。
と思って、けっこうびっくり。
いや、そんな大した事を書いてないっていうのもあるけど(笑)
ハワイにも行ってないし写真を整理もしていないけど、
後は概ねそういう生活を送っているのではないかと。

やっぱりこうして、振り返って見られる物があるっていいなぁー。
記憶よりも記録だ!
産後5年。
振り返って思うのは、自分はどこまで行っても自分なのだ、ということ。

子どもを産む、育てるという営みは、やっぱり大きな事で、
それまでの自分の価値観、生き方、身のこなし方、考え方など
全て変える時なんじゃないか、いや変えなくてはやっていけないんじゃないか、
という不安に苛まれる事もあった。
”リセットボタンを押す時なの?”と。

でも、そうじゃない。
今の自分は、過去の自分の積み重ねでできているし、それが未来に繋がっていく。

私は相変わらず面白い事や楽しい事に目がないし、
主に自分の事を考えてるし、自分の成分の40%は少女マンガや小説やエッセーや
VOW(宝島)でできているし、いいかげんだし、家事全般苦手なまんまだし、
私が夫を好きなように、夫もありのままの私をずっと好きでいてくれないかなー
と都合いいこと思ってる(笑)
 
でも、変わってきたことももちろんあって。
 
子育てって・・・やたらビビってたけど、けっこう面白い部分もあるんだ!と思ったり。
子どもの体調不良とか、癇癪とか、自分のイライラとか、自己嫌悪とか、
そういうものに向き合ったり。
夫とのパートナーシップを意識したり。
(パートナーシップは”築く”もの、それは男女の関係性においても同じことだ、
というのが腑に落ちてきたのは最近の話。これは少女漫画成分の弊害だと
思ってる(笑))
 
過去の自分に伝えてあげたい。
リセットボタン、押してないぞーーー!
ちょっとは変わったけど、あの時の君たちも大事にしているぞー!
それが今に繋がっているんだぞー、けっこう影響力でかいぞー!って。
 
ちょっとまた、「5年後の私」のシェアリングをしたくなりました。
今の私が思い描く5年後は、どんなものかなー。
って、これを書いている時点では、特に何も考えていないのだけど(^^;




 

2014年6月25日水曜日

完璧な品物を求める、その先にあるものは

日々、働いていると様々な問題が起こりますね。
その問題は職業によって全然違う(はたまた似たような問題かも?)のだろうと思いますが、
少なくとも我々はみんな、
「これらの問題を解決することによって、今日より明日が良くなるように」
と思って働いているわけですよね。

でも、その”良くなる”っていう希望の先にある未来って、どんなものなんだろうー?
と、最近よく考えます。

私は、入社以来、海外との仕事に関わる事が多く、
そのうちの多くは”海外製のものを仕入れて日本のユーザー仕様にして販売の形を整える”
の一部を担う、って事をやっているのですが、
いやー、全品検品が必要だねー、こりゃ!って事が往々にしてある。
わりとどこの国のものもある気がする。
クレームをつけると、
「そんなクレーム言われたこと無い」とか、
「そんな事言うのは日本人だけだ」とか言われたりもして、
えっ?と思うこともしばしば。

今までで一番びっくりしたのは、これはもう時効だから書いてもいいと思うけど、
イタリアの三輪車を仕入れていた頃、後ろの背もたれを入れるパイプが曲がっている!
というクレームをその会社の社長に品物を見せながら話したら、
「ああ、これはこうやって解決するんだよ」と、その曲がったパイプをぐいっと手でまっすぐにして、
スポン!と本体に入れて見せてくれたこと。
もちろん、日本的感覚からすると
「そういう問題じゃなーい!パイプが曲がっている事が問題なんだよー!」
って話なわけですが、
個人的には
「さすがDIY精神が根付いているヨーロッパだわ!」と妙に感心した事を今でも覚えています(笑)

こういう、
”曲がっているなら自分でまっすぐにしちゃえばいいじゃない”
って感覚って、品質が良くなればなるほど、サービスが行き届けば行き届くほど、
どんどん薄くなっていく気がする。

何かその”製品”に問題が起きた時、
それを作っているメーカーにクレームを入れる、使わない、捨てる、
以外にも、”自分でどうにかしちゃう”っていう選択肢もあって、
それには工夫と知恵と経験が必要だ。

そして、人生を楽しく生き抜いていくためにもそんな工夫と知恵と経験が必要で、
でも実はそれらは、便利で満ち足りた生活からは生まれないのではないかなーと思ったり。

私達は、それぞれの持ち場で、一生懸命頑張っていろんなサービスを生み出す。
製品を向上させる。
不便を解消していく。
それぞれの”完璧”を目指していく。

でもその先には、何があるのだろう?

もちろん、個人の感情は抜きにして、仕事に邁進していくわけですが。

少なくとも、工夫と知恵と経験とユーモアを、個人的には忘れずに持っておこうと思う。
どんな未来に向かっていくにしても、それはいつだって必要なものだから。


”分かり合えやしないってことだけを分かり合う”のは、悲しいことなのか?

ここ最近つれづれなるままに考えているパートナーシップ考、
一度言葉にしないと先に進めない!と感じていて。って大げさか。

今、少しだけ時間があるので(次男が昼寝中―!)、まとまりないまま
言葉にしていこうと思います。

先日、マドレボニータのカップル講座に夫と参加し、
(人見知りの夫は、参加するのを相当嫌がっていましたが、
珍しくあきらめずに「一緒に行きたい!」と伝え続け、参加と相成りました)
シェアリングのプログラムがいかにタフであるかを実感しました。

「人生」「仕事」「パートナーシップ」をお題に、
”こうありたい”という希望を象徴する絵を描く。
話し手は、3分間、自分が選んだお題について取り留めなく話す。
3分間、相手の話に口をはさまずに聞き、メモをし、要約して相手に伝える。
お互い”聞き届けた”という証のメッセージとサインを書く。

何度も、何度もやったプログラムです。

でも、夫とやった時、
”お互いの話をこんなにじっと聞き届けるなんて、どれくらいぶりだろう”
と感じ、なんだか泣きそうになってしまった。

夫婦仲はいい方だと思うし、毎日(概ね)楽しく暮らしている。
でも、お互いどんな関係性でありたいのか、
そういう観点からは、あまり自分達の事を考えてこなかったなー、という衝撃がありました。

それは、「好き」から始まった関係だからなのかなー、と思ったり。
恋愛中って、(特に私は少女漫画から多大な影響を受けているので)
「好き」と言えば、それでなんでも済んでしまうようなところがありませんか?
お互いの共通点を確認していく、甘やかな時間。
お互いを知りたい、分かり合いたい、できれば嫌われたくない。

そんな恋愛中だった頃、
フリッパーズギターの「すべての言葉はさよなら」を、悲しい歌だなーと思っていました。
“カメラの中でほら
夢のような物語が始まる
分かり合えやしないってことだけを
分かり合うのさ”

でも、パートナーシップの構築は、
実はここから始まるんじゃないだろうか。
という事を、最近考えています。

“分かり合えやしないってことだけを
分かり合っている”って、
シニカルな響きがあるけど、
実はすごく力強い事なんじゃないだろうか。
分かり合う、という事を、
それほど求めているんだろうか?

それよりも、
分かり合えないことを前提に
分かち合う、
分かち合いたいとお互いに思える、
そっちの方がしっくり来るような気がする。
(って、今書いてみて初めてそんな言葉が出てきたけど!)

そんな気持ちで聴くと、なんだか希望に満ちた歌だとすら感じる。
そんな雨の日曜日です。

2014年5月16日金曜日

復職1年!

昨日は、新製品勉強会で本社に行き、
念願の美味しい魚料理屋さんで海鮮丼!
あー、おいしかったなぁぁぁーーーーー!
と、脳内で味を再生して楽しんでます(笑)
毎日食べたいくらい美味しい・・!
昨年の5月17日に2回目の復職をしたので、
復職後1年を迎えます。
いやー・・・1年、振り返れば早かったけど、
なんとか1年やってこれたな、という感慨が・・・。

マンションの部屋の不具合が見つかって、
その修復のためにアパートに仮住まいしたり、
次男が2回肺炎で入院したり(そのうち1回は復職前だったけど・・)
結果ぜんそくになって、その体調管理に四苦八苦したり(これは今も)
おっぱいに頼りすぎて、結果未だに断乳できずにいたり。
長男のもっと甘えたい!自分を見てほしい!という気持ちを
受け止められたり、受け止められなかったり。
子ども達の対応でいっぱいいっぱいになり、家事がほとんど夫任せになったり。
寝落ちが続いて夫と会話することもままならず、すれ違ったり。
一緒にTV(主に「マツコと有吉の怒り新党」)を見て笑ったり毒づいたりする時間に救われたり。

仕事が思うように回らずどうしたらいいか考えたり、
とはいえ限られた時間に集中して仕事するから仕事が好きなんだよな、と思ったり。
荷受け作業(ひたすら開梱、仕分け)が浄化の時間になると感じたり。

プライベートでやりたい事への時間が思うように作れなかったり、
でも仲間に助けられたり、新しい仲間が増えたり。

いろんな事を日々感じ、それを味わい尽くす時間もないまま、
でもそんなカオスな日常が好きだなーと感じる、そんな1年でした。

1回目の復職よりも、やっぱり大変だったな、というのが実感。
夫との連携プレー、職場の人の暖かい理解や協力無しには働けないし、
そして何より体力が必要だな、と!
(気力は体力によって作られる)

組織というのは面白いもんで、自分がいなくても組織は回るし、
入ったその日から自分の仕事はできてくる。
そう考えると、どういう風にやるべき仕事を回していくか、
その仕組みを作る事が、一番大切な仕事なのかな、と思う今日この頃。

まだまだカオスな日常は続きそうだけど、それを楽しみつつ、
仕事はカオスにならないよう心がけたいな、と思います!