2015年4月4日土曜日

「大きくなったら何になりたかった?」

お風呂上がりに、長男5歳半から
「大きくなったら何になりたかった?」と聞かれました。

・・えーっと、なんで過去形なんだ?私の人生まだ終わってないし!
バカヤロー、まだ始まっちゃいねーよ(byキッズリターン)って気持ちなのにー。
いや、始まってはいるか。
で、頭をフル回転させて、幼少期からいわゆる”〇〇になりたい”という夢を
抱いた事はあったっけかなーと考えてみたのですが、
んー、ないなー、と。

漫画が好きだったので漫画家になりたい、とか言って
Gペン買ったり、「みほクラブ」描いてたりはしたけど、
でもそれは”夢”的なものではなかったように思うし。

高校時代の進路を決める面談でも、
「図書館司書になりたい」と言った次の日には
「やっぱり英語学科で!」とか言ってたし。」
今日の続きは明日だと思っているうちに大人になった、という感じ。
気付いたら就職活動する年齢になって、
一応自己分析とかしてみたけど、その結果がどうだったか・・
今は思い出せないくらい。
で、結局、ざっくり言うとフィーリングで入った会社で今も働いているという。。。

いや、そもそも、「〇〇になりたい」って、職業を指すのはなんで?
いやでも、女子が「およめさんになりたい」とか
「おかあさんになりたい」っていうのもあるか。
それは役割であって職業ではないよね?
「おむこさんになりたい」「おとうさんになりたい」は聞かないよね、あんまり。
こんな小さいころからジェンダー問題は始まっているのねー・・・
まあそれはひとまず置いておいて。
長男の問いかけに答えないとね。
「大きくなったら”何か”になるわけじゃないし、
ならなきゃいけないってもんでもないんだよ。
お母さんはさー、毎日楽しく暮らす人になりたかったし、なってるよ。
お母さんの人生まだ続いてるし。」
と答えました。

答えながら、そうだ、私はそうありたいんだ!と自分で腑に落ちる。

人それぞれ、大事にしたい事は違うと思うけど、
私にとっては「楽しいか」「楽しめるか」がとても重要なことで、
そのためには自分が何を「楽しい」と感じるか、を知っていないといけないし、
それを「楽しむ」コンディションを整えなくてはいけないし、
そのコンディションは自分1人では作れないからコミュニケーションも欠かせない。

そして、夢があってもなくても、
どんな職業に就いても(または就かなくても)
”どうありたいか?”という問いの方が、見えてくるものは大きい気がする。
1人頷く私を尻目に、
長男は分かったような分かってないような顔をして
「ふぅーん・・・。理久はねー、大きくなったら、仮面ライダードライブプロトドライブになりたい!
あ、やっぱりニンニンレッドかなー・・」と悩みながら、
その修行をするために弟とたたかいごっこにいそしんでおりました。

↓洗濯バサミで悪役の皮膚感を演出する長男と、
そこに風船の剣で切り込む次男。本気だぜ!

2015年3月25日水曜日

Googleインパクトチャレンジで、マドレボニータを応援!【一般投票、今日〆切!】


「産後ケア文化をつくる」というチャレンジを掲げ、NPO法人マドレボニータが
Googleインパクトチャレンジのファイナリストに選ばれましたー!!

1クリックで投票できます。

投票先はこちら

 Googleインパクトチャレンジとは・・(Googleウェブサイトより一部引用)

Google インパクトチャレンジは、様々なテクノロジーの活用を通じ、
社会問題の解決にチャレンジする非営利団体を支援するプログラムです。
インド、ブラジル、英国、米国、オーストラリアで開催されてきて、
日本でもいよいよ開催することになったとの事。

日本独自の取り組みとして、
テクノロジ-を活用した女性支援の取組みを表彰する「Women Will」賞
も創設したとの事です。

本日、3月25日までこのサイトで一般投票
3月26日に受賞者が決まるとの事です!
個人的には、この「Women Will」賞は、マドレボニータのためにあるような賞じゃん!
と思っております(^^)

そのプランはこちら。

いまだ「産後ケア」の重要性が認知されておらず、産後ケアの不足が、
様々な問題を引き起こしているという現状を受け、その認知を高め、
産婦だけでなく、周囲の人も巻き込んだアイデアです。

妊産婦に対して、家族や友人が、産後ケアを出産祝いとしてプレゼントできる。

ついでに産後ケアについても学べてしまう、というシステムをつくる。

名付けて、産後ケアバトン+(プラス)

「産後ケアバトン+」の詳細はこちら
これが実現したら、いままでの何倍もの人に、
産後ケアを届けることができるようになります。

いやー、楽しみですねー。
これ、既にプレゼントしたい人がたくさんいるー!

そして、こんな風に投票理由を書いて写真を撮り、SNSで発信、
という応援方法でマドレ界隈は大変盛り上がっています。

私の#Vote4Madreはこちら。
















たくさんの理由がありすぎて悩んでいたのですが、
やはりシンプルにこれに尽きるかな、と。

子育てしかり、介護しかり、“家族のことだから”と、
家庭で抱え込みすぎている、そこに歪が生じている。
それが現代日本の大きな社会問題の一つだと思います。

どうして家庭で抱え込みすぎてしまうのか?
それは、“そうするのが当たり前”という風潮があり、
その風潮に抗うためには体力・知識が必要だから。

個人の問題は社会の問題。

ということは、社会の問題は個人の問題でもあるわけで。
個人の問題を解決する気持ちで、社会の問題にも取り組んでいく、
それが“社会と繋がって生きていく”という事に
つながるのではないかな、と思います。


テクノロジーの力で、社会をよくするスピードを上げる、
というGoogleのメッセージに、力強さを感じます。
たくさんの方の目に、このGoogleインパクトのメッセージが留まりますように!
そして、マドレボニータへの一票を通して、
産後問題について考えるきっかけとなりますように!!


2015年3月10日火曜日

産後クラス2010年1月メンバー同窓会!

あれから5年が経ったんだなー、と感慨深い、産後クラス赤羽メンバーの同窓会でした(^^) あと1人、りんちゃんも上京予定だったけどお子さんの体調不良で会えずに残念!

子ども達も5歳になり、最初は恥ずかしくて隠れたり、でも広場に出たら走って遊んで、成長しました。
赤ちゃんの頃、抱っこされながら母達が体力や言葉を取り戻していった姿、覚えていないだろうなー。
あの時があって、今があるんだよー。

話しながら思う、転機のない人生は無いことを。
転職、転勤、出産は分かりやすい転機だけど、それ以外にも、日常は転機と機会に満ち溢れていて、私達はいつも何かを選びながら生きている。意識的にも、無意識的にも。

不安と期待と心配と喜び、いろんな気持ちにその都度揺れ動きながら、その気持ちをそのまま伝えあえるのって、いいなーと思う。
話している内容は、世間話なんだけど、しょっちゅう会っているわけじゃないんだけど、なんか安心して話せるのが嬉しい(^^)

次回は産褥ヘルプで再会予定ー!
無事な出産を祈ってます。


2015年2月22日日曜日

少女漫画の呪縛とパートナーシップ③~嫌われる勇気~

最近、ふとしたきっかけで高校時代の友人達にブログの存在を伝えたところ
(多分以前にも伝えたんだけど、当時はスマホ環境の人が少なかったと思われる)、
思わぬ好評を博しまして、えっそんな面白い事書いたっけ、と過去の記事を見てみたら、
お、面白い!(自分で言うけど)
特に、ブログを始めた当初、小まめに書いていた頃の記事が面白い。
やはり”ブログ筋”ってあるんですねー。
くっそー、過去の自分に負けないぞーーーっ(笑)
そして、全部覚えがある出来事(当たり前かw)なのに、全部うろ覚えなのにも驚いた。
やっぱりブログっていいなー。

ってなわけで、2015年は更新が増えそうな予感です!
いろいろ書きたい事はてんこ盛りなのですが、
まずはこの連載の最終回を書きたいと思います。
2014年の個人的なパートナーシップへの気付きを書くシリーズ最終回!
「嫌われる勇気、が自分にあった事を思い出した36になった冬」

さてさて、2014年に周りの多くの人が読んで大絶賛していた、こちらの
「嫌われる勇気」
(画像を貼り付けたかったのですがやり方分からず断念・・)

そんなに面白いと言われるなら読んでみようかなー、と手に取ったところ、
これがとても面白く、あっという間に読み終わりました。
”アドラーの勇気づけ”については、友人が講座をやっていて、
面白そうだなーと思っていたので存在は知っていたのですが、
内容は全く知らなかったので、そういうことかーーー!と。
だから”勇気づけ”なんだなー、と。

一言で言うと、「世界はどこまでもシンプルであり、人は
今日からでも幸せになれる」という心理学の思想。
その思想を”こういうものですよ・・”とつらつらと述べるのではなく、
そんな思想は信じられない!という青年と、哲学者の対話方式で書かれていて、
それがとても読みやすく面白いのです。

本の紹介はこれくらいにして・・

常々、「世界は実はとてもシンプルなのではないか。
複雑化させているのは、”複雑化したい”という思考そのものなのではないか」
と思っていた私にとって、アドラーの心理学は
・・・・だよね、やっぱり!!というものでした。

自分の中に、いつからか分からないけれどずーっとあった、
『人はみんな、同じではないけれど対等だ』という思想。
これが故に、不遜な態度を(図らずも)取ってしまい、周りも自分もトラブルに巻き込んだ
事数知れず・・・
あまり日本社会には馴染まない考え方なのかもしれません。
『承認欲求が特にない』という思想。
これが故に、承認欲求を求める人を、(無意識のうちに)傷つけてきた事も。
『自由とは、他者から嫌われることである』
というこの本のキーワードにも、ぶんぶん頷きました。
何かを大切にすれば、何かを失う。
でも、失う事は荷物を降ろして軽くなることでもあるんだよなー、と。

ぶんぶん頷きながら、思い至った事がありました。
私がパートナーシップを築く事に難しさを感じている理由は、
私が”嫌われる勇気”を唯一持てない相手が夫だからなんだ、と。
そしてそこには、少女漫画の刷り込みで培った!?
『”好き”が全ての源』という考えがあるからなんだ・・!と。

とはいえ、それだけではなく、パートナーシップを築く、とは、
とても難しい、とアドラーも言っています。

(以下、引用)
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仕事、交友と続いてきた3つのタスクのうち、愛のタスクがもっともむずかしい。

一緒にいて、どこか息苦しさを感じたり、緊張を強いられるような関係は、
恋ではあっても愛とは呼べない。
人は「この人と一緒にいると、とても自由に振る舞える」と思えたとき、
愛を実感することができます。
劣等感を抱くでもなく、優越性を誇示する必要にも駆られず、
平穏な、きわめて自然な状態でいられる。
ほんとうの愛とは、そういうことです。

アドラーは言います。
「一緒に仲良く暮らしたいのであれば、互いを対等の人格として扱わなければならない」と。

ただし、恋愛関係や夫婦関係には「別れる」という選択肢があります。
ところが、親子関係では原則としてそれができない。

いまの段階でいえるのは、逃げてはならない、ということです。
どれほど困難に思える関係であっても、向き合うことを回避し、先延ばしにしてはいけません。
いちばんいけないのは、「このまま」の状態で立ち止まることです。
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難しくて当たり前なんだ。
そう思ったら、なんとなく肩の力が抜けた気がしました。
そうだそうだ、よこちゃん(マドレボニータ赤羽クラスの水口陽子インストラクター、
パートナーシップに関する深い洞察、考察、表現で多くの人に影響を与えている)
も”茨の道”って言ってたもんね、って思ったり。

「好き」ですべてを解決できない、でも「好き」がよすがになっている部分もある。
何しろ相手があることで、自分だけではどうにもならない。
それを、”どうにかしよう”ではなく、”どうにもならない”でもなく、
安心して自由にいられる、心地よくお互いがいられるように、
試行錯誤していきたいなーーー!

って、夫はこのブログを読んでいないので、寝落ち回避して伝えていきたいと思います。


↓本文とは関係ないけど、冬の夕方の写真(会社帰り)
葉っぱが落ちた木の枝が夕焼け空に映えてとても美しい、冬ならではの風景です。


2015年1月12日月曜日

少女漫画の呪縛とパートナーシップ②

さてさて、2014年の個人的なパートナーシップへの気付きを書くシリーズ第二回です。

先日、こんな事がありました。

保育園にて、次男の左目が腫れていて痒そうにしていたとの事。
「明日、目医者に行って、登園許可をもらってから保育園に来て下さい」と言われ。
さてさて、私か夫、どっちが連れて行くか、という場面。

私「そんなわけで、明日の朝、目医者に連れて行かないといけないんだけど、どうしようか?
休める?」
夫「は?無理だよ」
(不機嫌そうに言った、と私は感じた)
 
(私の脳内ボイス:
『カッチーン!何当たり前みたいに無理、とか不機嫌そうに言っちゃってんの?
どっちかが連れて行くんだから、あんたが無理ならこっちが休み取って
連れて行く事になるでしょうが。そこに対する遠慮は無いのかよ、コラ!』)
↓
私の脳内から即座に変換された言葉
「なんで怒った口調で「無理」とか言うの?夫が行けないなら私が仕事調整して行く事になるよね?それなのに、そんな風に当たり前みたいに不機嫌に言わないでほしいな」
夫「そんな不機嫌に言ったつもりなかったけど、ゴメン」
私「あ、うん」
(私の脳内ボイス『あ、なんだ・・、そんなつもりなかったんだ。
あっぶねー、危うく不用意にお互い気分悪くなるところだったぜ・・・』)

このやり取りをした後、
あ、コミュニケーション不調期から脱却してきたじゃん!
という気付きがありました。

言いたい事を我慢するでもなく、
不用意に思っている事をダダ漏れにするでもなく、
伝えたい気持ちをすぐに伝えられた!と。

この、”伝えたい気持ちをすぐに伝える”っていうことの繰り返し、
お互いの”今の気持ちや感じていること、考えていること”を
伝え合い続けることが、パートナーシップを育んでいく上ですごく大切なんだな、と。
喜怒哀楽も、どうでもいいような些細なことも。
その時に、「どう伝えるか」「どう伝えたいか」というのを、
日々模索していく。
誰かと一緒に過ごしていくって、そういう事なんだなー、
いい時も悪い時も、冷凍保存はできなくて、
日々関係性を更新していくものなんだなー・・という事を、
結婚8年目にしてようやく気付いたのでした。

というのは、
昨年の秋くらいに、”コミュニケーション不調期”があったのです。
今となっては詳しく思い出せないのだけど、
なんとなく夫婦間がギスギスした雰囲気で、
それは子ども達の体調不良対応で夫婦ともに疲れ切っていたのかもしれないし、
私が毎晩寝落ちしていて、夫婦の会話があまりなかったせいかもしれないし、
子ども達の甘えたい!に2人がアップアップしていたからかもしれないし、
私の担当の家事がひどい有様だったからかもしれないし、
そういうのが全部合わさったからかもしれない。
何となく私が夫に恐縮する事が多く、
”あ、これ言ってもいいのかな・・”とか思って黙っているうちに、
何から伝えればいいのか分からなくなってしまった。

♪何から伝えればいいのか
分からないまま時は流れて
浮かんでは 消えていく
ありふれた 言葉だけ♪

これも同世代ならすぐに浮かぶと思いますが、
小田和正の「ラブストーリーは突然に」の歌詞が頭を横切り、
そう、そうなんだよ、今まさにそんな感じなんだよ!
というかそれですごい居心地悪くて困ってて、
どうすればいいの!?教えて小田和正さん!!!
と思い、その先のストーリーを求めてGoogleで歌詞検索するも、

♪君があんまり すてきだから
ただ素直に好き、と言えないで
多分もうすぐ 雨も止んで 二人 たそがれ♪
と続く歌詞に、
・・・・・いや、「好き」とは言ってる、素直に!!!
そしてそれは2人の関係性を劇的に改善される何かではもうないんだよ!
参考にならねーーーーー!
と1人叫び、
あ、そうか。
そうなんだ、そういうことか。
「好き」って闇雲に伝えるだけじゃ、ダメなんだ。
だってそれは私の気持ちを言っているだけであって、
それはコミュニケーションではないんだ。
って事に気付き、これを受け入れるのに、なにしろ少女漫画脳なもんで、
けっこう時間かかりましたねー・・。

さて、今日はこのへんで。
次回は、「嫌われる勇気、が自分にあった事を思い出した36になった冬」です。

↓本文と関係ないですが、秋の紅葉の写真。


 

2015年1月4日日曜日

少女漫画の呪縛とパートナーシップ①

明けましておめでとうございます。
今年も細々と、このブログを綴っていきたいと思います。
その時々の発見や感動、感情を残していきたいなーと。
ほんとすぐに忘れちゃうもんで・・。

さてさて、以前から一部の人には予告していた内容、
2014年にえっそうなの!!と思った事を書いておきたいと思います。

話は私が小学校3年生だった頃に遡ります。
当時、1980年代は少女漫画全盛期といっても過言では無いくらい、
少女漫画バカ売れ時代でした。
特に一世を風靡していたのは「りぼん」
250万乙女のバイブルと言われており、私もその一人。
いつも「250万人も買う人がいるなら売り切れちゃうかも!」
と、小遣いを握りしめて発売日には本屋に走っていました。
「星の瞳のシルエット」「ときめきトゥナイト」「ちびまる子ちゃん」
「お父さんは心配症」「ハンサムな彼女」
今こうしてタイトルを書き連ねるだけでも胸が熱くなり、りぼんの思い出だけで
何時間も語れるのですが、それは置いておくとして。

「りぼん」から始まり、友達とコミックスを貸し借りしたり、
いろんな少女漫画を浴びるように読んでいた少女時代~高校時代。
(今でも大好きでよく読みますけどねー。最近は「KISS」の発売日25日が
大きな楽しみの一つです。)

そんな少女漫画の王道パターンは、
・バッタリ運命の人に出会う
(図書館で同じ本をふと手にとって「あ・・!」というのに一番憧れていた)
↓
告白される、またはする
それまでに悶々と悩んだりちょっとしたトラブルがあったりする
↓
両想いに・・・!
ちょっと喧嘩したり事件があったりしても、
「でも、好き・・!」って事をお互いに確認しあい、それでまた幸せに

ってやつだと思うんです。

この刷り込みに!
35歳になっても、まだとらわれ続けていたんだ・・!
という事に気付いた2014年でした。
割と本気で、
「好き!」って言ったら解決できると思ってた・・・・。
夫に新年早々そう話したら、
「問題解決になってないじゃん」とあっさり。
いや、そうだよね。
そうなんだけど、他の場面で考えると全くもってその通りなんだけど、
”好きって言ったら全部解決!”みたいな事が、
両想いの男女の聖域としてある、と私は思っていたのかもしれない・・。

散々マドレで「パートナーシップ」について語り、
健全なパートナーシップとはどういうものか、
その重要性について、そしてそれは茨の道だけどあきらめない事が唯一の解決策だ、
という事を幾度となく聞いていたのですが。
自分で言葉にもしていたつもりだったのですが、
いやーーー頭で理解していても、
私の中の少女漫画脳が分かってなかったし、体現できていなかったなー、と。
別に悪い事じゃない。
でも、少女漫画脳のままでは、健全な、対等なパートナーシップを築くのに、
自分が苦しくなってしまう。
少女漫画脳からのアプローチと、
パートナーシップを築くアプローチは、全く正反対な物だと思うので。

最近、「母の友」の連載、「2月の母たちへ」の一節
”呪縛というのは、自分がそこから解き放たれて初めて気づくものである。
呪縛されている間は、自分が呪縛されていることには気づかない。
他の選択肢があり得るということを知らない限り、そのやり方を疑ってみることはない”
というのを読み、
まさに!!と膝を打ちました。  

そんなわけで、呪縛がほんの少し解けた今、
改めてその呪縛とパートナーシップについて考え、
言葉にしていきたいと思います。

ご興味ある方、お付き合いくださいませー。

次回は、「小田和正の歌詞に答えを探そうとした35の秋」です。
お楽しみに!

*写真は、本文と全く関係ありませんが2015年初日の出です
 

2014年10月7日火曜日

手放さない

台風一過の夕方、会社の外に出たら、空が澄み切っていて美しく、
月はピカピカに光っていて、夕焼け色の雲がたなびいていて、
いつも通り自転車をかっ飛ばしながらも、
すごく気持ちがリフレッシュされるのを感じました。
 
あー、やっと気持ちが落ち着いてきたな、と。
感受性が戻ってきたなー、と。
理久の突然の入院と喘息宣言から2週間。退院から1週間。
ずっと緊張状態だったんだなーと実感。

2週間前を振り返って、記録しておきたいと思う。

2週間前の今の時間は、今振り返れば救急車を呼ぶべき、または
もう一度救急に行くべきタイミングだったかな、と感じる。
朝は咳などしていなかったのに、夜保育園に迎えに行った時には咳をしていた。
夜中ずっと咳が止まらず、夜中に一度救急へ。
その時はまだ比較的元気で、咳をしながらも
「ここ、想次が来た病院だね。」と話をしていたし、
吸入を待つ間、特急ジャー特集を読む余裕もあった。

「この症状は喘息ですね。今まで治療はしていないですか?」
と聞かれ、とても驚いた。
想次は喘息だと診断され、毎晩薬を飲んでいるけど、
理久はそういう診断はされたことなかったし、丈夫だと思っていたから。
2回吸入して、診察。
大丈夫だろう、という事で帰宅。

でもこの後、咳込んで吐いたり、
「苦しい」と言ったり、悪化していたので、もう一度救急に行くか、
でも連れて行く事で余計に疲れさせてしまうかも、さっき帰されたし・・
と悩んでいるうちに時間経過、
救急車を呼んだ方がいいのか、それともあと1時間待った方がいいのか
(この時点で8時くらい)
と悩んでさいたま市医療相談に電話。
(この時、楽観視する夫と喧嘩。
「医療相談に電話してみたら」と言われ、
「たまには自分で電話してよ!何でいつも私が電話して判断する係なの!」と。)
 
「加湿したり、お風呂場でシャワーを出したりして様子を見て下さい。
唇の色が紫だったりしたらすぐに救急車を呼んで下さい。」
という事だったので、抱っこしてお風呂場に行ったりしていたけど、
「苦しい!」と叫んでいたので、今思えばどうしてあの時救急車をすぐに
呼ばなかったんだろうか、私の直感は”救急車を呼んだ方がいい!”と言っていたのに。
そうすれば、もっと早く理久の呼吸が楽になって、苦しい時間が少なくて済んだし、
1週間も入院しなくてよかったかもしれない。
これからは、もっと直感を信じようと思う。
その直感を磨くべく、”こういう場合はこう”という知識も必要だな、と。
字面では何度も読んだりしたんだけど・・・結びついていなかったな。
 
不安と恐怖で、自分以外の誰かに判断を委ねたくて仕方なかったのだと思う。
目の前の子どもの命が、自分の判断にかかっている、という状態が、
怖くてたまらなかった。
「だって、喘息だなんて今まで誰も言わなかったじゃん」
「そんな急に心の準備できないよ!」
と思ったり。

長い長い1時間が終わり、ようやく9時が近付いたので休日診療へ。
想次は夫と留守番。
ここでも2回吸入、でも酸素の値があまり上がらず、紹介されて
市民医療センターへ。
点滴したり、吸入したりして、酸素の値は少し上がったものの、
”ぎりぎり帰れる値ではあるけれど、入院治療した方がいい”という診断。
とても帰れる様子じゃないな、と判断して、入院する事に。
想次の2回の入院は、まだ小さかった事もあって24時間付き添い、を選んだけど、
今回は病院が遠い事もあって、付き添いではなく面会を選ぶ。

入院の説明を受ける部屋に、退院してからの手紙など飾られていて、
そこにこんな詩があった。おそらく小学生の作品。









”楽しい所”と言い切るだなんて、すごいな・・・、と思うと同時に、
理久や想次も、こんな風に病院とは長い付き合いになるのかな、とも。

今回の、理久5歳にして、喘息発症、しかもかなり高いアレルギー値、
入院、という事態に、想次の時には感じなかった”がっくり感”を感じてしまい。
これまで、何があってもそんな風には考えた事がなかったのに、
「あー、もう、子ども達が毎日健やかに暮らせる事だけを考えて、全部あきらめて
そのサポートに徹した方がいいのかな」
「あれがいけなかったのかも、これもいけなかったのかも。
そもそも私が母親だってことがいけなかったのかも。」
なんていう思考がぐるぐるぐるぐる。

でも、自分が今正気じゃないという事は理解していて、それが救いだった。
翌日のTwitterにこう書いた。
「寝て起きたらいいアイデアが浮かんだ、ってことは無いのだけれど、一つ言えるのは、手放す事は解決策では無いということ。日常は続いていくし、これからもこういう日常なのだ、という覚悟が必要で、だからといって何もかも手放す必要は無いし、むしろ細々とでも手放さない気持ちが必要。」

手放さない、と決めれば、アイデアが湧く。そのアイデア、時に妄想が、辛い時に自分を助けてくれる事もある。

夫、双方の両親、双方の会社、友人、いろんな協力があって、無事に入院期間を終え、退院!
ほっとすると同時に、いつまたこうなるか分からない、という緊張感が漂う日常に。

「細々とでも手放さない」ために、どんな取り組みができるのか、色々試している最中の今日この頃です。